知るを知ると為し、知らざるを知らずと為す、是れ知るなり
善良さには知識が伴っていなければならない。単なる善良さはたいして役に立たぬ。人は、精神的な知識と人格に伴った優れた識別力を備えていなければならない
合理主義者はあっぱれである。しかし、合理主義が全能を主張するときには、ぞっとする化け物となる
快楽の増大は、たたかいの緊張度と、苦悩に対する感受性とを増大させ、死を近づける。死の接近を自分に隠すには、方法は一つしかない。快楽をさらに増大させることである。しかし、快楽の増大が限度に達してもはや増大させえなくなると、快楽は苦悩に変わってゆき、あとに残るのは苦悩への感受性と、苦悩だけの中をますます近く迫ってくる死の恐怖だけになる。こうして悪循環がはじまる。
腹黒い邪心や汚れた邪念を隠しもつ者は、白日のもとでも、夜陰につつまれて歩く。自分が自分の牢獄になっている
人々は物の代りに影を研究しているうちに、もともとその影を研究していたかんじんの物のことなどすっかり忘れてしまい、ますます影に深入りしていって、完全な闇に入りこみ、一面の影であることを喜んでいるのだ。
善く戦う者は不敗の地に立ち、而して敵の敗を失わざるなり。是の故に勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む。
愛想よさ、柔順、受容力、依頼上手とかいわれるものは、たいてい国の恥にしかなりません
人間が自己のうちに感ずる幸福への志向が、すなわち生命であり、あらゆる生命の特徴である