全体の中へ入っていく厳しさもなければ、全体のためになにか役に立とうという心構えもない。ただただどうすれば自分を著名にできるか、どうすれば世間をあっといわせることに大成功するか、ということだけをねらっている。こういった間違った努力が、いたるところに見られる。
もし自分の生れつきの傾向を克服しようと努めないのなら、教養などというものは、そもそも何のためにあるというのかね。他人を自分に同調させようなどと望むのは、そもそも馬鹿げた話だよ。
一日一日をていねいに生きよう!
美しいものをたくさん発見できる人こそ、美しい人である。
最後までやらなければならないのです。偏見と戦わなければならないのです。それが私を押し潰すか、私がそれを滅ぼすかしなければならないのです
指導者というものは、つねに事にあたって、何のためにこれをなすのかという使命感を持たなくてはいけない
偉大な魂を持つ人は、大きな災害になげこまれると、哲学の中に、おどろくべき打開策を見いだすものである
私心を捨てるということは、だれにとっても必要ではあるが、特に指導者にはそれが求められる
不道徳の最たるものは、自分の知らない稼業をすることである
ひとたび戦いを決意したならば、その決意を持続しなければならない。もはや“いや”とか“しかし”とか言うことは、断じて許されない
よく悩むことを知るのは、半ば以上生きたこと、いな完全に生きたことである