善悪の対立といっても、言葉や象徴を媒介に宇宙大へと広がる人間の心という意味論的結合の一つの分節にすぎない。その意味では、対立も分裂も、終局における結びつきの一つの現れ方なのだ。
無関心は「心の死」です。他者の苦しみを見て見ぬ振りをすることによって、自分の心の大切な何かを、マヒさせ、死に至らしめているのです
自己に対しては「秋霜」の如く
友に対しては「春風」の如く
悪に対しては「獅子王」の如く
対話は、相互の尊敬および学びを前提とします。対話の中で、相互の鑑賞、同情および感情移入によって、私たちは変化します。
人間の尊厳という普遍的な心情——「これを人間的と感ずる」心情にかけて、一歩も退いてはならない
可能は不可能にたずねる、
「君の住居はどこですか?」
「無気力者の夢の中です。」
師弟の道は死をも超越する。間断なき変転と変動の世界にあって、偉人が提示した理想の光は、師弟の道においてのみ、途切れることなく進みゆく。この生命の道は、人類の文化的遺産の一つなのである
真の対話が要請するのは、人々に賦与された善性に対する究極的な信頼であり、また、人々の心の中に正しい調和を引き起こす努力なのです。
変革は生命の法則の一部でもありますが、それは、愛、人間の可能性、全般的な自然のバランス、そして人間と周囲の自然との両者の健全さといった要請とも一致していなくてはなりません。
対話は、ある人の本質の表現であるだけではなく、人々の間に存在する恐れや疑いを消し去るための有用な手段なのです。