ソフトウェアは抽象的なものであるため、限りなく順応性があるはずだと思われやすい。ところが、ソフトウェアはエーテルのように柔軟でありながら、しぶとく腹立たしいほど扱いにくく、その融通のなさにはいつも驚かされる。
人間の本性はいかなるものか、なんのためにわれわれは生まれたのか、どこからきて、どこへいくのか、ということを知らず、なおざりにしておいて、野獣や鳥や魚や蛇やの性質を知ったとて、それがいったいなんの役にたつだろうか。
人間は、けっして、目的のための手段にされてはならない
瞬間に向かってこう呼びかけてもよかろう、留まれ、お前はいかにも美しいと。
正しく感じ、賢く語れても、機宜に叶う行動をするというまでにはなかなかゆかぬものだ
生命を維持する食物を作るためにある鋤を使い惜しむ人間は、使い惜しみすぎて、食物や生命まで失ってしまう
理性への従属を通じて幸福を志向する力は、向上させる力であって、時間的、空間的な限界を持たぬ生命の力そのものなのだ。
叡智ある人々のあらゆる頭脳から機械論的・原子的な考えかたは逐いだされ、ものの現われすべてが力学と見え化学と見えるように、いつかはなり、その時にこそ、生命ある自然の神々しさがさらにいっそう目の前に展けてくることであろう
知識がありながら智慧がないよりも、知識はなくとも智慧があるほうがよい。それはちょうど、鉱山をもちながら富がないよりも、鉱山はなくとも富があるほうがよいのと同じである